早期の認知症を正確に診断するための次世代型病態評価システムの開発
研究の背景と当ユニットが目指すもの
T1-2認知症ユニットの研究目標は、認知症を早期の段階で正確に診断するための次世代型病態評価システムを構築し、それを実地臨床で活用する実践的トランスレーショナル・リサーチを推進することです。
認知症の根本的な治療法は未だ確立されていませんが、軽度認知障害(Mild cognitive impairment)など早期の段階で診断して適切な介入を行えば、その後の発症予防や認知機能の維持が可能であることが多くの研究で示されています。しかしながら現状、認知症の早期診断に有効な方法は確立されていません。認知機能障害がある程度進行するまでは本人も家族も症状に気付かないことが多く、医療機関を受診するまでに時間がかかるのが一般的です。受診後も、問診・認知機能テストや脳画像評価など負担のかかる検査を必要とするため、最終的に診断が下されて治療方針が決定するまでには更に時間を要します。アルツハイマー型をはじめとする多くの認知症は進行性疾患であるため、この間にも病態は悪化していきます。この「認知症の最初の発見から正確な診断に至るまでの時間」を短縮するための次世代型病態評価システムを構築することが、当研究ユニットの目標です。
この目標を、認知症デジタルバイオマーカー(Digital biomarker)と生体液バイオマーカー(Biofluid biomarker)の有機的な統合によって達成したいと考えています。またその有用性を、質の高い臨床研究によって実証することを目指します。また、Digital biomarkerとBiofluid biomarkerから得られる情報をもとに患者病態の個別性を捉えることで、介入方法をパーソナライズし、認知症予防効果を個人レベルで最大化するためのシステムの構築を目指します。このために、AIロボットを利用した認知症Digital therapeuticsの開発を行います。
*本研究ユニットでは主に認知症の診断に関わるバイオマーカー開発に取り組みます(上図“Diagnostic strategy”)。
認知症デジタルバイオマーカーの開発
認知症の新しいデジタルバイオマーカーとして、アイトラッキングによる視線データ解析を活用した診断システムの開発を進めています(JVCケンウッド社の視線検出装置Gazefinderを利用)。ユニットリーダーらはこれまでに、わずか3分弱の映像を眺める視線の動きを解析することで、被検者の認知機能スコアを客観的かつ定量的に評価するシステムを開発してきました(Oyama, Takeda et al. Scientific Reports 2019)。今後このシステムの改良を進め、認知症の鑑別診断や認知機能予後の予測を可能にするアルゴリズムの開発を行います。AI解析によって複雑な視線情報の中から認知症の病態を反映する特徴を抽出することで、簡便でありながらも従来法を上回る精度を達成する新しい評価尺度の確立を目指しています。
*アイトラッキング式認知機能評価法による認知症デジタルバイオマーカーの開発
認知症生体液バイオマーカーの開発
現在、アルツハイマー型認知症の生体液バイオマーカー(Biofluid biomarker)として脳脊髄液中のリン酸化タウやAβ42の測定が有用であることが知られており、最近では末梢血中での前記マーカーも同様の診断的価値を有することが明らかになっています。これら神経病理に関連したバイオマーカーは診断的有用性が高い一方で、患者の予後予測や治療効果のモニターなどには十分でないことが課題となっています。実際の認知症患者の病態は個人差が多くかつ複雑であるため、個々の症例に対して正確な病態把握と適切な治療方針の決定を行うためには、既存のバイオマーカーだけでは不十分です。そこで、認知症の病態をより多角的に評価するための新しい生体液バイオマーカーの開発とその有用性の実証が必要です。
生体液バイオマーカーの開発とその臨床的有用性の検証は、大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科および臨床遺伝子治療学(ユニットリーダー兼任)との共同研究として進めます。高品質の認知症バイオバンクの検体を利用し、新しいバイオマーカーの特性を詳細な臨床情報と照合することで明らかにし、その臨床的有用性を正確に見極めます。また、こころの科学リサーチセンターの他の研究ユニットとも有機的に連携し、新しい認知症バイオマーカーの開発を進めて行く予定です。基礎研究で生まれた新しいシーズが認知症の実地臨床で最大限に生きる形を見定めることも、本ユニットの重要な役割と考えています。